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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)9304号 判決

三菱銀行銀座支店

事実

原告本林譲は請求原因として、原告は「江波建設株式会社整理財団代表者本林譲」名義で昭和三十五年六月二日、被告三菱銀行銀座支店に普通預金口座を設け、同日二十七万五千円を預入れたのをはじめとして、以来預金取引関係を継続し、同年八月十五日現在で八十七万九千百三十円の預金残高債権を有するに至り、そのまま今日に至つている。よつて被告に対し右預金とこれに対する支払済みに至るまでの遅延損害金の支払を求める、と述べ、被告主張の如く、本件預金債権に対し債権差押命令および転付命令が発せられ、被告に送達されたこと、および被告がその主張の日に被告補助参加人城所武夫に預金の支払をなしたことは認めるが、右債権差押命令および転付命令は次の理由によつて無効である。すなわち、本件預金は、弁護士である原告が、江波建設株式会社から同会社の整理を委任され、その委任事務処理にあたり、第三者から受領した金員を委任者に引渡すまでの間の保管方法として、被告銀行に預託したものであつて、「江波建設株式会社整理財団代表者本林譲」なる名義にしたのは、原告が当時被告銀行に対して有していた他の預金、すなわち原告の「本林譲」名義の預金、「株式会社ミモザ破産管財人本林譲」名義の預金、および「東京但馬会代表者本林譲」名義の預金と区別し、業務上の特別の預金であることを客観的に明確ならしめるためにすぎず、この預金が原告の預金であることは被告も認めていた。従つて、本件預金債権は原告個人のものであるから、江波建設株式会社の預金債権なりとしてなされた前記差押、転付命令は無効である。被告は、原告が右会社の委任事務の処理上第三者から受領した金員は、委任の性質上委任者たる右会社の所有であるから、右預金債権の権利者は江波建設株式会社であると主張するが、右預金債権は原告と被告間の消費寄託契約を原因として新たに発生した原告の債権で、右金員に対する権利とは法律上別個のものであるのみならず、右預金中二割の金額は、原告と右会社との間の約定に基き原告が債権の取立及び会社財産の換価を終了した場合、その費用並びに手数料として当然差引できることになつていたので、この部分については、原告は預金の預入れと同時に原告の所得とし、名実共に原告自らの預金として取扱つていたものである。右預金中その余の部分についても、原告は右会社の諒解を得て、同会社の債権者のため原告が自己の責任において預金していたもので、右会社の代理人として預金していたものではない。このことは、当初預金口座を設ける際、補助参加人城所武夫からの要請により、その代理人たる清水有幸弁護士と原告との共同名義、すなわち、「江波建設株式会社整理財団代表者本林譲、清水有幸」として預入れの手続をとろうとしたところ、被告から拒否されてやむなく原告単独の前記名義で預入れるに至つた経緯に徴しても明らかである、と主張した。

被告三菱銀行は答弁として、原告が昭和三十五年六月二日、被告銀行銀座支店との間に「江波建設株式会社整理財団代表者本林譲」名義で普通預金口座を設け、爾来預金取引関係を継続し、同年八月十五日の残高が八十七万九千百三十円であつたことは認めるが、右預金債権が原告の債権であることは争う。右債権は江波建設株式会社の預金債権である。そして、右預金債権に対しては、被告補助参加人城所武夫の右会社に対する昭和三十五年十月五日付金八十八万円の金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き、同月十三日これを右会社の預金として横浜地方裁判所川崎支部において債権差押並びに転付命令が発せられ、同月十四日被告に送達された。そこで被告は、被告銀行銀座支店において同年十月十八日右被転付債権の取得者たる補助参加人城所武夫にその預金全額を支払つたので、すでに預金支払義務は免れたのである、と述べ、原告の主張に対しては、抑々受任者が委任者のため第三者から受取つた金銭の所有権は特別の事情のない限の委任者に帰属するのであるから、原告が江波建設株式会社のために保管する趣旨で特に自己の個人的預金と区別してした本件預金債権の権利者は、その預金名義のいかんにかかわらず、右会社であるといわなければならない。従つて、右預金債権を同会社のものなりとして発せられた本件差押及び転付命令は有効である、と抗争した。

理由

本件「江波建設株式会社整理財団代表者本林譲」名義の預金債権が果して原告本林譲個人のものであるか右江波建設株式会社のものであるかについて判断するのに、証拠を綜合すれば、右預金は、弁護士たる原告が、訴外江波建設株式会社から同会社の整理を依頼され、同会社の代理人として、債権の回収、会社財産の換価等の会社整理事務を遂行するにあたり、第三者から受取つた金員を同会社のために保管するため、事務員を使者として、被告銀行に右名義で預金したものであることが認められる。そうすると、原告が右会社の委任事務を処理するにあたり、同会社のため受取つた金銭の所有権は、特別の事情のない限り、委任者たる同会社に帰属するものと見られること、右預金は原告が同会社の整理資金を保管する目的で同会社のため預入れたものであること、又、その預金名義が単に本林譲というのみでなく、「江波建設株式会社整理財団代表者」という肩書(この肩書の意味は明確を欠くが、原告本人尋問の結果によれば、この点については、原被告間に特に話合いはなかつたことが認められる。)を附していること、等からみて、右預金は、原告が、原告個人のものとして預入れたものでなく、右会社の整理資金を同会社の代理人として預入れたもので、被告銀行としてもその趣旨で預かつたものというべく、これを右会社の預金であると認めるのが相当である。

もつとも「江波建設株式会社整理財団代表者」という字句は、同会社(及び原告)とは、別個の法人その他の権利主体(例えば同会社の債権者団体)の代表者又は代理人の意味に解すべきであるようにもみえるが、本件の場合は、かかる権利主体の存在は考えられず、原、被告においても、かかる権利主体のために預金をなし、又はこれを受け入れる意図をもつたものとは認められないのであるから、これを合理的にみれば、結局右記のように解するのが妥当であるものというべく、右預金の実体および右肩書の字句を無視して、これを単に原告「本林譲」個人の預金として預入れられたものとみるのは相当でないといわなければならない。

原告は、右肩書をつけたのは、当時被告銀行銀座支店に設けていた「本林譲」、「株式会社ミモザ破産管財人本林譲東京但馬会代表者本林譲」名義の預金口座と区別し、業務上の特別の預金であることを客観的に明確ならしめるためにすぎないと主張し、原告が当時これらの名義の預金口座を有していたことは被告の認めるところであるが、前記認定のような事実のある以上、これによつて右預金を原告個人のものと認めることはできないものというべく、証拠を綜合すれば、原告は当初本件預金口座を設けるにあたり、補助参加人城所武夫の希望により江波建設株式会社整理財団代表者として、原告のほかに清水有幸(補助参加人訴訟代理人弁護士)をも加えて、二人の共同名義にしたい旨被告銀行に申し入れたところ、被告銀行から単独名義にしてほしいといわれ、代表者を原告一人にしたこと、および原告は、右会社から整理の委任を受けるに際し、債権の取立及び会社財産の換価を終了した場合には、取立及び換価金の総額から二割を差引いて費用および手数料に充当して差支えない旨の覚書を受け取つていたことが認められるが、これらの事実によつても右預金を原告のものと断定するに足りず、他に右預金が原告個人のものであることを認めしめるに足りる証拠はない。

してみると、被告銀行の補助参加人城所武夫に対する右預金の弁済は有効な転付命令に基く被転付債権者に対する支払であり、被告はこれによつて、その責を免れたものというべきである。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は理由がない。

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